夏季報
原田夏季
日本人中国語講師。
高校で中国語に出会い、大連へ留学。講師歴は18年。中国語で何か楽しいことができないかと常に考えている。

中国語を学ぶ意味ってなんだ?

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私が初めて中国語を学んだのは高校生の時です。世はコギャルマゴキャル全盛期。ピッチにジャラジャラとストラップをつけ、スーパールーズソックスを穿き、制服のスカートは限界まで短く素足に鳥肌、「テユーカ・テユーカ」と言いながら街を闊歩している女子高生を蔑むように見つめる少しスネた女子高生が私です。

中学でパッとせず、机に突っ伏して寝たふりをしていた私が、高校で中国語を始めた時、やっと学校で息ができる!と思ったのを、よく覚えています。

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高校で中国語を選んでいる子たちですから、背景は様々です。でも、クラス全体に「言葉が好き」という漠然とした安定感がありました。

高校2年生の研修で初めて中国に行き、初めて中国語で現地の人と交流しました。

現地の高校生はみんなとても真面目で、私の目には遊びを知らない子たちに見えた。
上海できらびやかな街並みを見て、新宿と比べた。
洛陽で足のない人が物乞いをしているところを見た。
南京のあの場所に行って、一日中落ち込んだ。

寮の部屋で。中国の建物は天井が高いのでカーテンが長い。

この時は2ヶ月近くも中国に滞在したので、次は一人でもいける!と思って、卒業後に大連に留学しました。大連には世界中から留学生が来ていて、日本人の友達もたくさんできました。

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中国人の掃除の阿姨(おばさん)はすごく優しいけど日本人の給料とかめちゃくちゃ聞いてくるから面食らった。
寮の部屋の対面に住んでいたお爺さんは小指がなくて色々噂されていたけど、農作業の事故で失くしたことを私は聞いていたし、すごく達筆な字で隙間なくノートを埋めていた。
韓国人の上下関係の厳しさも知った。
日本人の20代後半の先輩たちからは社会人の考え方のようなものを学んだ。
いくつになっても勉強はするもんなんだと思ったし、仕事を辞めて海外に行くことのハードルも下がった。

私が中国語から学んだもの。

結構たくさんありました。

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